2008.09.21

沢登り - 「匹見再発見」 33

心地よい緊張感の沢登り  9月も半ばを過ぎ、朝晩の空気はひんやりとしてきた。夏の間、あちらこちらで見られた、で遊ぶ子どもらの姿はさすがにない。シーズンも終わりに近づいたアユ釣りの風景があるくらい。
 そんな匹見のを、もうしばらく楽しめるのが「沢登り」だ。服装、足元、装備をきちんと整え渓流をさかのぼる。
 最初はの冷たさに震えあがるが、淵を泳ぎ、岩をよじ登り、急な流れに逆らって歩くうち、体は温まってくる。ウェットスーツを着れば、秋が深まった時季でも大丈夫だ。
 匹見を訪れた人の多くは、豊かな自然を背景にした、美しいの風景を魅力のひとつに挙げる。なかでも、沢登りなどどっぷりにつかり全身で自然を楽しむことが好きな人たちは、口々にこの環境を褒める。
 まず、森と岩と清流が織りなす渓谷の造形美がすばらしい。さらに、人の暮らしにごくごく近い場所で、自然のままの環境を比較的安全に楽しむことができる。表・裏・前・奥の各匹見峡はその代表だろう。
 知人に誘われ、裏匹見峡で沢登りを初体験してきた。
 普段は遊歩道から眺めるだけの流れに、ざぶざぶと入っていく。の冷たさに一瞬ひるむ。次第に底に足が着かなくくなり、ライフジャケットの力を借りてゆっくり淵を泳いでいく。
 夫婦淵。手がかりの少ない岩をよじ登る。足が滑って力が入らない。みんなが助けてくれる。登りきると肩で息をしている。気持ちいい。
 わざわざ急流に立ち向かう人、天然すべり台を楽しむ人、岩に張りつく人、それぞれがゆっくりと上流を目指す。
 から眺めるいつもの山は、見慣れぬ姿でその魅力を放っていた。

 

写真:心地よい緊張感が堪能できる沢登り。大自然の中に身を委ねる

(文・写真 /田代信行)


この記事は、2008年9月20日付の山陰中央新報掲載分を転載したものです。


2008.09.07

きのこの魅力 - 「匹見再発見」 32

タマゴタケ  きのこは「木の子」と書かれることもあるように、樹木と深い関係をもっているものが多い。地域の97%を山林が占め、樹種も豊富な匹見は、まさに「きのこ天国」と呼んでいいかもしれない。
 春から梅雨時季にかけ、林内には何種類かのきのこが目立つようになり、夏から秋ともなれば種類、量ともに発生のピークを迎える。冬ですら、数は少ないがその姿を見ることができる。
 きのこが最も注目を浴びるのは、何といってもこれからの時季。マツタケ(松茸)やコウタケ(香茸)を筆頭にした、食用になるきのこがめじろ押し。匹見でよく食べられるものといえば、他にはシイタケ、ヒラタケ、ナメコ、ナラタケ、マイタケなどだろうか。
 これらは昔から親しまれ、安心して採取できるのだが、実は他にも美味しく食べられるものはいくらでもある。ただし、なじみのうすいきのこに手を出すときは慎重に。
 縦に裂けるものや虫食い跡があるものは大丈夫、などという間違った言い伝えもあり、専門的な知識をもった人に指導してもらうのが安全だ。
 イベントなどできのこ狩りを行うと、大人も子どもも、夢中になってきのこを探し、森の中は楽しげな雰囲気にあふれる。そうやって集めたきのこたちは色も形も実にさまざまで、見ているだけでも魅力的。
 また、きのこ(菌類)が植物を分解したり、木と共生関係を結んで森を育てる役割を担っていることなどを知れば、きのこをより身近に感じることができるだろう。
 そんな、きのこ観察の楽しみも兼ねた「きのこ狩り」が、今月21日、森林インストラクターの指導で行われる。問い合わせは、匹見上地区振興センター(電話0856・56・1144)まで。

 

写真:鮮やかな色合いのタマゴタケ。見かけは毒々しいが、食用だ

(文・写真 /田代信行)


この記事は、2008年9月6日付の山陰中央新報掲載分を転載したものです。


2008.08.24

ふるさと交流会 - 「匹見再発見」 31

ふるさと交流会  旧盆のころ、匹見は帰省した人たちで人口が倍増し、日ごろ見かけない若者たちが町中を行き来し、活気がみなぎる。
 匹見地区萩原自治会では年に一回、お盆に「ふるさと交流会」を実施し、地元出身者との交流を深めている。
 萩原自治会は、戸数20戸、人口48人、高齢化率46%の少子高齢化が進んだ小集落だ。自治会運営も年々困難な状況となっている。
 そこで、課題の解決のため、都会に住む地元出身者にも、地域の現状を知ってもらい、同時に地域の未来像についても一緒に考えてもらおうと、10年前からこの交流会を実施している。
 Uターン意向調査なども行い、将来定年退職したらUターンしたいとの回答を得たり、実際にUターンが実現したりと、その成果は大きい。
 また、この他にも魅力ある集落活動として、地元の新鮮で安全な食材を使った田舎料理を、集落内の「萩の舎」で提供。また、作り手のなくなった水田を荒らさないため集落でうるち米や古代米を共同栽培し、小学生を対象とした「古代体験ツアーを開催したり、「萩の舎」の古代メニューに取り入れたりしている。
 さらに、20アールのブルーベリー園では手摘みで年間2トンを収穫。ベリー餅、猪肉のベリー煮などさまざまな加工品を開発。特に人気の「わがままばあちゃんの自慢作ブルーベリージャム」は年間6000本を販売している。
 全国でさまざまな取組がある中、いかに当地域への定住を確実なものにしていくか。「そこに住みたくなる」地域の魅力の発掘と、それをいかに情報発信していくか。「呼びかけ・きっかけづくり・UIターン後のきめの細かいフォロー」が必要となっている。

 

写真:帰省客らを交え開かれた萩原ふるさと交流会

(文・写真 /山本裕士)


この記事は、2008年8月23日付の山陰中央新報掲載分を転載したものです。


2008.08.03

夏野菜 - 「匹見再発見」 30

おすそ分けの夏野菜  山懐に抱かれ、標高もやや高いとはいえ、匹見の夏もやっぱり暑い。今年は雨が少ないが、日光をさんさんと浴びて、作物は順調に育っている。
 キュウリにナス、トマトやピーマン、トウモロコシと、「これぞ夏」を感じさせてくれる野菜が、どこの畑にもにぎやか。これら定番の他にも、ウリやシシトウ、ジャガイモに枝豆(大豆)、ニガウリ、スイカ、ニンニクなどなど、夏を健康に乗り切るために欠かせない顔ぶれが並ぶ。
 街暮らしではスーパーの店先でしか見られないようなカゴにいっぱいの野菜が、ここでは、畑から台所へ新鮮なまま直行。その自給率はかなり高いだろうが、わが家のような「消費専門」の世帯にも、ありがたいおすそ分けが回ってくる。
 「よかったら、もらってくれんかね」という、もったいないような言葉といっしょにいただくみずみずしい野菜たち。
 子どもは、トマトでもキュウリでも、丸ごとかじるのが好み。キュウリやウリ、ナスなどの塩もみは、もうその素材の味だけでいくらでも食べられる。
 三杯酢でつくる、キュウリなますは、当地ではおなじみのメニュー。毎日三食必ず食べるという方もいるとか。「河狩り」の際に、河原で食べる鮎なますは格別だ。
 河狩りといえば、毎年恒例の「川ガキ講座」でいただく石焼きは絶品。熱した石や鉄板の上で、鮎うるかとナスを味噌などで味つけして焼く。ジュワッと染み出す野菜の旨みを満喫できる。
 先日、仕事で草刈りをしていた際、近所の方から「暑いでしょう」とトマトの差し入れがあった。真っ赤に完熟した実は、この上ない「匹見のごちそう」だった。

 

写真:おすそ分けの夏野菜

(文・写真 /田代信行)


この記事は、2008年8月2日付の山陰中央新報掲載分を転載したものです。


2008.07.20

虫たちの夏 - 「匹見再発見」 29

グンバイトンボ  「夏は夜」と書いたのは、清少納言。枕草子で、夏の夜の風情について、月や蛍を例に出してたたえている。
 夜になっても、家の中にはもやっとした熱がこもり、外の涼しい空気が恋しい。そんな時は、子どもと一緒に「夜のおさんぽ」。子どもの目的は、外灯に集まってくる虫たちだ。
 ひかりの周囲には、ガや小さな無数の虫が飛び交い、それを狙ってカエルやヤモリ、ときにはコウモリの姿も。そんな外灯の足元をたんねんに探していくと、「いたいた、クワガタムシだ」。
 コクワガタにノコギリクワガタ、ミヤマクワガタに、ときにはヒラタクワガタも。そんなにたくさん捕れるものでもないから、「宝」を探し当てたかのように大事に持ち帰る。子どもにとっては、匹見暮らしの醍醐味の一つだろう。
 カブトムシは、クワガタよりやや遅れて出現。これからが本番だ。
 夜明け、薄暗いうちからヒグラシが鳴き、やがて夏の暑さを連れてくるように、アブラゼミなどの大合唱。ツクツクボウシが鳴きはじめる晩夏まで、セミの主張は続く。
 涼を求めて、水辺へ。川べりの水が染み出しているような場所に、カラスアゲハが集団で水を吸っている。近づくと一斉に舞い上がり、日の光に翅がギラッと輝く。
 水辺の主役は何といってもトンボだ。渓流沿いを猛スピードで飛んでくるオニヤンマ。河原の見張り番、金属光沢のカワトンボ。希少種といわれ、肢に白い飾りをつけたようなグンバイトンボが、割と身近に見られるのもうれしい。
 「虫は苦手」という人も多いが、よく見ると案外表情があって親しみももてる。夏休みくらい、親子でじっくり虫につきあってみるのもいい。

 

写真:身近に見られる希少種グンバイトンボ

(文・写真 /田代信行)


この記事は、2008年7月19日付の山陰中央新報掲載分を転載したものです。


2008.07.06

学びの場 - 「匹見再発見」 28

歓声をあげる川ガキ講座の参加者 三年ほど前から、夏休みの期間中に、「ガキ講座 in ひきみ源流キャンパス」が開かれている。高津大学という流域ネットワークが主催する、遊びのイベントだ。
 益田市内を中心に、県内外の各地から親子連れが集い、地元の人たちとで泳ぎ、魚を追い、料理をつくって食べ、真夏の水辺での一日を大いに楽しむ。
 全身を使いと触れ合うことで、遊びの面白さ、の大切さ、と同時に恐ろしさをも体感してほしいというのが狙い。
 が、子どもらにとっては、そんなことどうでもいい話。夢中で水の中をのぞきこみ、プカプカを流れ、岩から飛び込み、瀬を渡り、おいしそうに鮎や、おにぎりを頬張る。
 本人たちはまったく意識してないだろうが、こんなことが大きな財産になっていく、と信じたい。ああ、あのであんなことしたなあと、いつかどこかで思い出してくれるだけでいい。
 こんなことを通して何か学んでいけるのは、子どもだけではない。一緒に活動する大人たちにとっても、楽しさを共有することで、自分のことや子どものこと、地元のことなどを「再発見」するきっかけになる。
 匹見には、だけでなく山や森、田んぼや畑など、自然に恵まれた学びの場がたくさんある。さらに、それを活かすための技術や経験をもった大勢の「先生」たちがいる。
そんな「教室」と「先生」に、活躍してもらえる機会がもっと増えれば、また何か、新しい楽しいことが生まれてくるだろう。
 今年も7月20日、匹見町萩原地区で「ガキ講座」がある。ぜひ参加してみてほしい。問い合わせは、高津大学事務局(電話0856-24-8661)。

 

写真:水しぶき。歓声を上げるガキ講座の参加者たち

(文・写真 /田代信行)


この記事は、2008年7月5日付の山陰中央新報掲載分を転載したものです。


2008.06.22

平家物語 - 「匹見再発見」 27

旧村の三葛村と西村との境にそびえるサイノタキ 益田市匹見町には源氏の追撃をかわしながら、安住の地を求めて往来した人々にまつわる平家伝説が数多くある。
 例えば、澄川の叶松(かのうまつ)城には中納言平教盛の同族という平盛弘が澄川姓を名のり、また平貞盛の孫である大谷盛胤は東村に落ちのびた−という。
 また、広瀬村には斉藤別当実盛の弟だったという次郎左衛門実村がいたといい、道川村の斉藤伯耆守泰家、土佐岡藤左衛門もそうだったと『石見匹見町史』にある。
 安住の地を求めて隠れ住んだ彼らだが、源氏方であった益田兼高の落人狩りは、ひるむことはなかった。最後まで抵抗したものは討ち死にし、血に染められた。その場所は「七人塚」という地名でよばれ、和又、道谷、樫田集落にみられる。
 そうした再三の合戦で谷が血で染められたので、その水を飲むことができなかったという「不飲ヶ谷」(のめずがたに)の伝説も数カ所ある。三葛には、平家の落人が住んだ所と伝えられ、そこにある柿は食べてはならないという「不食ヶ柿」(たべずがかき)という口伝もある。
 これらの七人塚・不飲ヶ谷といった場所の多くは、かつて村落の境であったことを思うと、その背景には、外部からもたらされるという災い封じの祭場だったものと重なっていることがわかる。
 そこには、怨霊(おんりょう)が祟(たた)るといった御霊(ごりょう)信仰もからんでいるといえそうだ。そういった思考は、琵琶法師や高野聖などによってもたらされたのだろう。
 猫の額ほどのやせ地でクワを振りつづけなければ生きていけなかった人々。「都へのあこがれ」や、「我々は貴人の出自である」という自負の念が複合しながら、平家伝説は生まれたのではないかと思う。

 

写真:旧村の三葛村と西村との境にそびえるサイノタキ。この近くに「七人塚」「不飲ヶ谷」の伝説地がある

(文・写真 /渡辺友千代)


この記事は、2008年6月21日付の山陰中央新報掲載分を転載したものです。


2008.06.08

山葵と天狗 - 「匹見再発見」 26

山葵天狗社 六月の第一日曜日、大神ヶ岳の中腹にある山葵天狗社(やまあおいてんぐしゃ)の例祭が行われる。今年も一日、好天の青空の下、三坂大明神と合わせ、祭りがあった。
 山葵天狗社は、1982(昭和57)年、地元三葛・笹山地区でワサビを栽培する人たちにより、豊作を祈って建てられた。
 「神が宿る」「天狗がすむ」と、昔から伝えられてきた大神ヶ岳。ここを源にして湧き出す水は絶えることがなく、山の樹々が落とす葉からは豊かな滋養が溶け出している。この水がワサビ谷や麓のくらしをずっと支えてきた。
 そんな自然からの恵みへの感謝と、それがこれからも続いて欲しいという願い。とともに、ワサビや田畑の作物を病害虫から守りたいという思いが、この祭りには込められている。
 神社建立の翌年、創作神楽『山葵天狗』が誕生。ワサビの害虫を悪霊化した黒妖霊が天狗に退治されるという内容で、毎年この祭りに合わせて上演される。
 会場は、旧三葛小学校の校舎を活用した「夢ファクトリーみささ」。神楽や踊りなどを見ながら、地元の食材を使った、蕎麦や田舎寿司などを味わうことができる。いわば、神様も地元の人もお客さんも、いっしょに楽しむ「直会(なおらい)」だ。
 この日は、大神ヶ岳から尾根を縦走し、立岩・赤谷山までの山開き登山も行われる。登山口から四十分ほどで大神ヶ岳、そこからさらに四十分ほどで立岩の上に立つことができる。
 どちらも懸崖がそびえ、上から眺めれば空に浮かんでいるかのよう。縦走路も開放感があり、青空の下を「空中散歩」するのは実に気分がよい。
 初夏の山里を満喫できる一日だ。

 

写真:岩のくぼみにひっそりと立つ山葵天狗社

(文・写真 /田代信行)


この記事は、2008年6月7日付の山陰中央新報掲載分を転載したものです。


2008.05.25

ムカデ祭る八祖さん - 「匹見再発見」 25

道川の八祖さん 匹見には土俗的な信仰、また石像や祠(ほこら)などが少なくない。
例えば、猿を祭った「猿王さん」、女性のしもの病気に効くという「おはいたさん」、耳の聞こえが良くなるという「ごくうさん」などがある。
 中でもムカデを祭るという八祖(はっそう)さんは珍しい。その八祖さんは町内の匹見の半田、紙祖の元組、道川の元組の三地区に祭られており、いずれも「ムカデの天敵であるニワトリは飼ってはならない」という伝承がある。
 ムカデは多くの足をもつ節足動物で、5〜10数センチあり、夜行性、昆虫やミミズを食べる肉食動物である。噛まれるとひどい痛みをともなうが、古くから強壮剤、切り傷などの漢方薬として使われてきたらしい。
 そういった俊秀・効果性などがあり、お金を「オアシ」というが、その多足ということから商売人、芸能者に喜ばれたりした。そしてナメクジとの競争という民話に登場したり、特に田原藤太のムカデ退治は有名である。
 一方では、様態などが鉱山の窟穴(くけつ)に似ているとともに、またそういった場所にムカデは生息していることが多いことから、古くから鉱山関係者に信仰されてきたのであった。
 ムカデを祭るといった奇怪きわまりない信仰ではあるが、その根底には中世末期から近世期にかけて営まれてきた銅山・たたらなどの鉱山関係者の信仰の残存ではなかったか。
 6月7日、そんな匹見の小さな神仏をめぐる「路傍の神仏を訪ねて」が行われる。問合せ・申込みは匹見上地区振興センターまで。(電話0856・56・1144)

 

写真:道川地区の元組にある「八祖さん」

(文・写真 /渡辺友千代)


この記事は、2008年5月24日付の山陰中央新報掲載分を転載したものです。


2008.05.11

山菜の季節 - 「匹見再発見」 24

野山で採れた山の幸 早春、雪が消えるのを待ちきれないように顔を出すフキノトウ。山菜の季節は、すでにここから始まっている。その苦味は、たしかに春の到来を感じさせるが、本格的に山菜を楽しめるのは、山が新緑にうっすら染まる時季からだ。
 フキノトウに続く春の味覚といえば、やはり「うでぢか」。匹見ではハナウドのことを指し、新芽を広げたところを採る。ごまあえや白あえの独特の風味は絶品で、ファンも多い。
 天ぷら材料の代表はタラの芽。ウコギ科タラノキの新芽を大事にかき採ってくる。同じウコギ科のボカ(コシアブラ)の芽は、最近人気が出てきて、人によっては、こちらの方が香りがよいと好んで食べる。
 木の芽では、以前はリョウブの若い葉をご飯に炊き込んでいたとのことだが、こちらは最近、ほとんど見かけない。
 おなじみの山菜といえば、ワラビやゼンマイ、フキ、ウド、タケノコなどいろいろあるが、いずれもひと手間、ふた手間の下ごしらえが必要だ。ことに、ゼンマイなどは干したりもんだりを繰り返し、口に入るまでには何日もかかる。
 また、これらのよく利用される山菜というのは、乾燥や塩漬けなど保存の方法もよく知られ、夏から秋、ときには翌年の冬に料理となって出されることもある。
 山菜は大切な保存食であり、換金のための産物という面も持ち合わせていた。が、結局、山菜採りの魅力は、そのこと自体が「楽しい」ということだろう。寒さの緩んだ春の野山をゆくうれしさ、気持ちよさ。
 一部の有毒なものに気をつければ、多くの植物が食用となる。今まであまり目を向けていなかったもののなかに、隠れた宝がふんだんにある。

 

写真:野山で採れた山の幸


(文・写真 /田代信行・田代祐子)


この記事は、2008年5月10日付の山陰中央新報掲載分を転載したものです。