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2007.11.12

化石のドラマ - 「匹見再発見」 12


赤谷産の頁岩にふくまれるエステリアの化石 益田市匹見町の地層には、石見安山岩の上部に、海や湖の底に砂や泥が堆積(たいせき)してできた岩石も見られる。
 道川地域の赤谷、芋原の谷に見られる黒い石は、何枚にも重なり薄くはがれる。この石は、頁岩(けつがん)。匹見、美都両町の分水嶺(れい)を形作る山々の大半は、この頁岩が熱変成を受けてホルンフェルス化したものだ。
 銅ヶ峠トンネルの工事のとき、道川側の入口が須佐(山口県萩市)の海岸にそっくりの地層が現れて注目したが、残念なことにコンクリートの吹き付けで覆われてしまった。蔦木(つたぎ)集落から美都への峯(みね)越し林道の切り通しなどにも、同じ地層が見られる。
 熱変成を受けていない頁岩層は化石を含み、エステリアが多数観察できる。エステリアは、ミジンコが二枚貝の中に入っているような生き物で、今でも湖や田んぼで見られる「カイエビ」だ。海の夜光虫にも仲間がいるようだ。
 匹見で発見される化石の中には、サンゴも。現在、道川小学校が保管しているが、これは三葛(みかずら)集落の産。広高から伊源谷にかけ、幅の狭い凝灰岩の地層がある。巨大な粟(あわ)おこしが斜めになっているような格好で、粟おこしの粟が石灰岩。その中に、サンゴの化石が潜んでいた。
 なぜ、山奥でサンゴの化石がみつかったのか-。「浅い海で育ったサンゴが石灰岩の山となり、それが砕けて石となり、海辺で波に洗われ丸くなる。ある日、火山噴火で溶岩流にのみこまれ、凝灰岩の一部に。やがて、凝灰岩大地は、西中国山地の一部になった」。こんなストーリーを描くことができる。
 何も語らぬ匹見の化石だが、実は壮大なドラマを秘めている。


写真:赤谷産の頁岩には多くのエステリアの化石(指紋のように見える貝殻)が見られる


(文・写真 / 齋藤正明)


※この記事は、2007年11月11日付の山陰中央新報掲載分を転載したものです。

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