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2007.10.08

地名の由来 - 「匹見再発見」 10


中山から東方を望む 「ヒキミ(匹見)」という地名の由来について、よく聞かれる。発音的にも珍しく、何か語源に意味があるようにとらえられるのであろうか。
 中世期には町域がヒキミと表音され、明治初期に至るまでは「疋(ヒキ)」の字が用いられていたようだ。
 この疋は絹布や動物を数える単位。何かを意味付けるものではなく、表音から当てたものに過ぎない。匹の字も同様である。
 明治初期の国学者藤井宗雄は、郷社であった日女(ヒメ)ケ森のヒメがヒキとな訛(なま)ったものとしているが、少々無理がある。
 また、文政三(一八二〇)年に成ったという『石見外記』には、「桧木見」をヒキミと読ませている。現在では造林木として導入した桧(ヒノキ)はみられるものの、古くからの自生種ではなかったことから考えると、これも疑わしい。
 では、語源は-。おそらく、西日本で目につく地名といわれている日置(ヒオキまたはヒキ)にあるのではないか。
 これは形容詞のヒクシ、あるいはヒクイに通じるもので、つまり〝低い〟を意味する。語尾の「ミ」はただの接尾語で、あえて漢字で表記するならば「地」か。ヒキミの語源は〝低い所〟を表しているように思える。
 確かに、匹見地区は西中国山地にあり、〝低い所〟とは言い難い。ところが、今の川沿いを走る車道ではなく、尾根伝えや鞍部(あんぶ)越しだった古道から見下ろすと、低い。「低(ヒクミ)」が訛ったものということが納得できる。
 いつの日か、匹見との往来に重要な役割を果した古道をめぐりながら、その地名の由来を実感してみたい。


写真:中山から東方を望む。中央のラクダのこぶのように見えるのが眼鏡垰(めがねだお)で、道川との往来に使われていた


(文・写真 / 渡辺友千代・田代信行)


※この記事は、2007年10月7日付の山陰中央新報掲載分を転載したものです。

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