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2009.01.26

縄文の森 - 「匹見再発見」 41

落葉広葉樹林  1000m級の山々が連なる西中国山地を背にした匹見は、全域の96パーセントを森林が占める森の町だ。匹見では、発掘調査などによって50ヶ所を上回る多数の縄文時代の遺跡が確認されており、西日本においても縄文遺跡が集中する地域として多くの研究者から注目を集めている。 
 発見された縄文遺跡の中には、並木式・阿高式といわれる九州系土器が多量に出土した石ヶ坪遺跡、西日本では最大規模の祭礼・墓地群といわれる環状配石遺構が確認された水田ノ上遺跡、トチの実の貯蔵穴や鳥形土製品が検出されたヨレ遺跡など、中国地方の縄文文化を解明するうえで欠かすことのできない遺跡として高く評価されているものも多い。
 町内の各所には、発掘調査によって明らかにされた成果を解説した説明板が設置され、地域全体がさながら野外博物館のようだ。 
 こうした遺跡数の多さと密度の濃さは、それだけ人の住みやすい環境だったことを示す。この地域が平野部とは異なり、落葉広葉樹林帯であり続けたこととも無関係ではないだろう。
 狩猟採集を生業とした縄文時代、動物や木の実などの食料資源に恵まれた匹見は、人々を引きつける、魅力あふれる地だった違いない。
 現在でもトチの実のアク抜き技術といった山村の生活文化が受け継がれているなど、はるかな時を超えて重なり合いが認められることも特に貴重だといえる。
 多くの縄文遺跡の存在や今日に至る生活伝承が物語るように、匹見には自然との関わりあいの中で醸成されてきた人々の営みの歴史がある。それは森に育まれた文化ともいえるもので、私たちの生活のなかに、今なお息づいている。

 

写真:縄文文化を育んだ落葉広葉樹林

(文・写真 /渡辺 聡・田代信行)


この記事は、2009年1月25日付の山陰中央新報掲載分を転載したものです。


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2009.01.12

木に会う - 「匹見再発見」 40

雪の中のモミの木  冬、匹見(益田市匹見町)では多くのが葉を落とし、春を迎えるまで長い眠りについているように見える。葉をつけたままの常緑樹も、硬い葉で厳しい寒さにじっと耐えている。
 しかし、春から夏には生命力に満ちていた、草や虫、鳥、そして人の暮らしが息を潜めている分、この時季はとりわけ、がその存在をアピールしているように思う。
 匹見峡温泉周辺をぐるりと見回してみる。裏手にある善正寺の大きなイチョウのが、まず目に飛び込んでくる。すっかり葉を落とした姿は、独特の枝ぶりと樹形をさらに強調し、迫ってくる。
 そのすぐ隣の庭には、これも大きな二本のモミ。また、ウッドパークの三本のメタセコイアが並ぶさまも、なかなか絵になる。さらに、匹見八幡宮の夫婦榧(カヤ) -市指定文化財- やスギの大が、境内をどこか厳かな雰囲気にしている。
 雪が降ったら、林の中を歩いてみよう。しん、と静かで冷たい空間に、枝や幹に雪をまとった。その前に立って梢を見上げれば、厳しさと同時に何ともいえないすがすがしさを感じる。
 地面も雪に覆われているから、木々の姿は一層際立つ。白い世界に目をくらまされ、今にも動き出しそう。ふと、木も生きていることを思い出し、こんなにたくさんの生きものに囲まれているのだと、背筋が伸びる。
 豊かな山林がほとんどを占める匹見の地。これまでずっとその恩恵にあずかってきたにもかかわらず、あまりにも身近にありすぎて、日頃はほとんど意識しない木の存在。
 冬は、「木が自己主張する町、匹見」を実感できる季節だ。

 

写真:裏匹見峡で、雪の中、モミの木を見上げる

(文・写真 /田代信行)


この記事は、2009年1月11日付の山陰中央新報掲載分を転載したものです。


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